掲載記録


1999 月刊サガス8月号

この世にはない究極の美と官能で人を惑わせる。

 まだ、少女の域を脱しているかいないかというあどけない表情から異様なエロティシズムを放つ。着物がはだけた胸元には、完全には熟していない胸の膨らみが隠されており、危険な官能を創造せずにはいられない。
 伽井丹彌さんが作る人形は、怖さと美しさがイコールで結ばれる。彼女が、そして彼女の人形が語るエロティシズムとは何なのだろうか。

今にも動き出して、人間を誘惑しそうなほどの妖しさを放つ。

 帯広出身の伽井さんのアトリエは、帯広市内の閑静な住宅街の一角にある。彼女が作った人形を展示している部屋に案内してもらった。
 一つしかない小窓から差し込む光に照らされた5体の人形は妖しいまでに美しく、人を惑わせるような微笑みをこちらに向けていた。そこの一室だけが、空間が歪んだような、彼らだけの美しい世界に間違って踏み込んでしまったような、そんな戸惑いすら感じる。
 近くによって一体一体見てみると、艶やかな光沢と血管まで透けて見える白い肌、魔性の輝きを含んだ瞳を包む柔らかな睫毛、少し開きかけた唇から見える小さな白い歯など、細かい部分まで丁寧に作られている。さらに、男女とも性器までも美しく備えられているのだ。
 人形の表情は、悲しそうだったり、恍惚の表情だったりと、見る角度によって変わるのが不思議だ。今にも動き出して、その妖しい魅力で人間を誘惑しそうなほど、リアルな存在感がある。
 服を着た人形の袖をめくって中を覗いてみたい衝動に駆られた事はないだろうか。伽井さんの人形は、どんなに理性的な人でも惑わされ、人形の肌に吸い寄せられるように、ついつい手が伸びてしまう。これほど人の精神の均衡を狂わせるほどの魅力を持った人形には、何らかの魔的な力が潜んでいるとしか思えない

芸術の域にまで達するエロティシズム
 伽井さんは、高校生のころ寺山修司の詩に傾倒し、彼の作品に登場するような怪しげな人形に惹かれ、人形の観念性に興味を持ったのだという。その後、球体関節人形という関節を動かせる人形作りの分野では、日本の第一人者である四谷シモン氏の主宰する人形教室で基礎を学び、独学で人形を作り始めた。
 「人形は、生と死の両方を持ち合わせているものだと思う。ただのモノなく限りなく人間に近いモノとして、目に見えない感情や気配を感じさせるような、そんな人形を追求していこうと」。
 人形一体を作るのに、半年以上の歳月を要するのだという。陶器のような皮膚感を出すために、ひたすら磨き何度も重ね塗りをする。瞳も市販のではなく手作りするなど、彼女のこだわりは細部にわたっている。睫毛も一本一本ピンセットで埋め込み、髪の毛も時には人毛を使用するとのことだ。
 彼女の人形にはエロティックという表現をかかすことはできないだろう。前途のように血管や爪、歯、そして性器、というように普段は隠れている部分を、人形にも与えているからこそなのかもしれない。
 「こういう細かな部分の、象徴性を大事にしたい。でも、たとえば人体模型のようなリアル性を求めているわけではなく、私個人の『人形』としてのリアルさみたいなものでしょうか」。
 彫刻でもなく、玩具でもない。 新たな芸術の分野を意識してしているかのような伽井さん。作っている過程で、自身の感性を人形という作品に投影させ、その人形を見た者は心が揺れ動き感動さえ覚える。そこに感じられるエロティシズムは、高い芸術性を含んでいると言えるだろう。



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